明治の初期から中期にかけては、自由民権運動の流れを受けて新聞の創刊が相次いだ。日本最古の新聞は文久元年(一八六一年)に発行された英字新聞TheNagasakiShippingListandAdvertiserで、その後明治元年の『中外新聞』、そして最初の日刊紙である『横浜毎日新聞』が明治四年、『東京日日新聞』と『郵便報知新聞』が明治五年、以後七年の『読売新聞』、九年『大坂日報』、さらに現在の『日本経済新聞』の前身である『中外物価新報』が日本初の経済新聞として三井物産の中で誕生、三年後の一二年に『朝日新聞』が創刊されている。一方雑誌の創刊も相次ぎ、日本初の雑誌としては慶応三年(一八六七年)の『西洋雑誌』とされており、その後明治七年『明六雑誌』、九年『東京雑誌』、一八年『女学雑誌』と続く。現存する雑誌では明治二〇年『反省会雑誌』(現在の『中央公論』)が最も古い。新聞・雑誌の創刊とともに、新聞広告が宣伝活動に登場するようになる。化粧品業界関係で名高いところでは、明治五年に江戸時代からの老舗芳町よしや溜右衛門の香水。桜水へ同年の斉藤平兵衛の西洋歯磨、西洋薬舗資生堂の開業広告、明治一一年の山崎帝国堂の洋法白粉。花の宴へ同一一年竹川町芙蓉軒製の官許無鉛白粉「玉芙蓉」などがある。また、守田治兵衛の口中薬「宝丹」は明治一〇年売薬取締規則許可第一号として新聞広告を積極的に展開し、屋外看板とともに取引店の拡大に大きく貢献した。新聞・雑誌の宣伝広告が活発になると、広告専門業者が誕生する。古くは明治六年内外用達会社に始まり、多くの広告会社が誕生、その中に明治二八年博報堂、三四年日本電報通信社(現電通)などがある。
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