オトーリのルーツを探る

2011.05.19

約500年前の宮古島は、26の集落に分かれていて、そして集落ごとに御嶽があった。それぞれの御嶽には、神に仕える「ツカサ」がいて、ツカサを中心に12人(計13人)が、神に五穀豊穣の供え物をした。そのお供え物のなかには神酒があった。この頃の神酒は、粟を口でかんだものを発酵させたドブロクのようなもの。13人は、神唄を歌いながら神に捧げた神酒をまわし飲みした。これがオトーリのルーツといわれている。オトーリは神聖な儀式だったのだ。その神酒はいつしか泡盛になった。そして戦後は酒が貴重品だったため、みんなに公平に酒が行き渡るように、小さなお猪口でまわし飲みをした。当時の飲み方は、いまのオトーリとは異なっていた。まず盆の上に小さな杯に入った泡盛と、ひとまわり大きな杯に入った泡盛をのせる。さらに塩を盛る。大きな杯はお父さん、小さな杯はお母さんだ。飲み手はまず、お父さん泡盛をイッキに飲み干す。次に塩をいただき、さらにお母さん泡盛をいただくのだ。これで終わり。つまり、現在のように何度もイッキをするわけではなく、2杯だけで終わっていたのだ。それにしても、戦後の苦しいときは、自分が飲む酒の量が少ないといって怒っていたのが、いまでは、俺の酒が飲めないのか、といって怒るようになったのだ。それだけ裕福になったと思っていいのだろうか……。沖縄旅行のときは、泡盛を思う存分飲んでもらいたい。